【音楽】好きなことと食べていくことの持続可能性について

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僕は音楽が好きだ。

好きなアーティストを分類してみると、こんな感じになる。

 

独断と偏見による超個人的な見解ですが。

 

でもどうもこの分類に収まらない音楽を作る人たちがいる。

それが、

  • 七尾旅人
  • toe
  • nujabes
  • asuna
  • Judy Sill

といったアーティストだ。

 

音楽を続けるということ

ジャンルでいえばポストロックとかアンビエントとかのジャンルになるのだろうか。

でも彼らの音楽の共通項は、音楽性やジャンルではない。

 

彼らの共通項とは、音楽の持続可能性だ。

 

音楽を続けていくことは難しい。

食べていけるかどうかの話ではなく、感情を掘り起こし形にし続ける第1次産業的なアーティストという職業には、いずれ作品の元となる感情が枯渇するときがある。

 

ネガティブはずっと死にたがっていなければいけない。

狂気に近いところで狂い続けるのは大変だし、針を正気に振れば「変わってしまった」だの「初期の方が良かった」だのと言われる。

ポジティブな音楽は僕みたいな人間は充てられてしまうので、ずっとは聴き続けられない。

 

一方で、長く音楽を続けている長命なアーティストというのも存在する。

彼らは一定のペースで粛々と作品を作り続けている。

Number GirlamazarashiMOROHAのような、自分も他者も破壊するような感情爆発はないが、かといって鋭さやアクが欠けているわけでもない。

 

彼らはなぜ、あんなにも長い期間に渡って音楽を続けることができるのか。

その答えは、アーティスト側、作品側にはない。

リスナーが持続可能であることこそが、続けられる大きな要因のひとつである。

 

持続可能な音楽は、聴き続けることができるし、聴いてくれるリスナーがいれば作り続けることができるのだ。

音楽の持続可能性とは、アーティストがアーティストであり続け、リスナーがファンでい続けられる絶妙なバランスのことであるともいえる。

 

好きなことを持続することと、お金を稼いで生きていくこと

持続可能性は、なにも音楽だけの話に限らない。

起業家や、クリエイターや、小説家や、自分の思考によってお金を得るすべての職業が当てはまる話だ。

 

好きなことをすることと、生きていくためのお金を稼ぐことはいつもぶつかる。

僕も身に染みて感じたことだ。

がむしゃらにやっているだけでは、勝てない。

 

自分自身の作るものと、そのターゲットという両者をいかに継続させていくかという視点が必要になってくる。

 

具体例を挙げると、toeというバンドは、全員他に仕事を持つメンバーで構成されている。

副業というのも、いかに続けるかという問題に対するひとつの答えであるだろう。

その結果彼らは自分たちが良いと思える音楽だけを作り続ける自由を手にした。

 

歌詞重視の日本の音楽業界の中で、ポストロックやアンビエントといったジャンルはなかなかに受け入れられにくい。

ところが彼らの音楽は国内外で高く評価されている。

売れる・売れないに関わらず、一貫して自分たちが良いと思える音楽を作り続けた結果だと思う。

 

作り続けるために譲ってはいけないもの

自分も周りも壊すような音楽が心地いい時もあるが、そうでない音楽は持続可能性が高い。

幸福な作り手であることは、長く自分の作るものを愛してくれるファンを育てることにつながる。

 

そしてそこには作り手として譲ってはいけないものが浮き彫りになってくる。

それは、「自分の納得いくクオリティの作品」「途切れなく作り続ける」ということだ。

 

誤解を覚悟で言えば、売れることも、好きなこと一本で食べていくというプライドも、誰に勝つとか勝たないとかもどうでもいい。

お金になることが目的なのではなく、作って発表することが楽しくて、その快感が生きていく意義として必要だったはずだ。

 

また、人間は思い浮かべないものをすぐに忘れてしまう。

継続して作品を発表して、ファンやリスナーの意識に登場し続けることも不可欠となってくる。

 

SNSではフォロワーの多い発信者ばかり目立つ。

テレビでもアイドルや大御所の音楽ばかり取り沙汰される。

でも僕は自分自身が本質と呼べる作品を好きでいたいし、自分が書く言葉も自分が納得できるものを書き続けたい思う。

 

 

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