諦めることと戦うことと好きなことで生きていくこと

看護師の仕事を辞めて、ちょうど1年が過ぎた。

 

会社員としての人生。

夢を追う人生。

1年をかけて、その両方の道の底を見てきた。

 

重症心身障害児施設の看護師としての生活と、起業やベンチャーの世界で何かを実現しようとしている人たちに囲まれる生活。

理想と現実なんて言葉はあるけれど、振り返ってみればその意味をまざまざと見せつけられるような1年間だった。

 

ベンチャーやスタートアップを渡り歩いていた理由

1年前の僕は、承認されたくて、愛されたくて窒息しそうになっていた。

 

教師で完璧主義の両親や中学でのいじめ加害者が僕の心に風穴を開けたせいだ。

傷ついた13歳の子どものまま、コミュニケーション不全、人間不信、社交不安などを抱えて生きていた。

俗にいうアダルトチルドレンだったのだろう(今も)。

 

とにかく現状から逃れたくて、看護師の仕事をやめた。

その次に取った行動というのは、起業やクラウドファンディング、ツイッターなどで目立つ発信者のところにいって、直談判でいろんなチームや組織に入り込むということだった。

 

ゼロイチのフェーズに関わることで得るものもあったし、傍目には行動力がある人、強い人、仕事ができる人として映っていたのかもしれない。

でもその実、セックスや自傷行為で誰かの気を引こうとすることとなんら変わらない。

僕は僕を必要としてもらうために、あらんかぎりの自分を差し出して、貢献や労働という対価で愛されようとしていた。

 

いつも不安だった。

どうすれば見放されないで済むか、この手を離されないで済むかといつも考えていた。

 

自分の知識や技術や能力の足りなさに直面すると、見る影もない程に崩れ落ちた。

僕に差し出せる唯一の価値である貢献や労働ですら必要としてもらえないのなら、自分がこの世界に存在していい理由がなくなってしまうからだ。

 

僕には本当の自分で戦う勇気すらなかった。

 

看護師として生きていけてしまう

そのうちベンチャーや好きなことだけでは、食べていくことができなくなった。

資格を持っていたので、単発だけれどあんなに嫌で仕方なかったはずの看護師の仕事をした。

 

看護師の仕事は、何も考えなくてもお金がもらえた。

利用者さんやその家族から感謝されることだってあった。

新卒後の看護師勤務では自殺寸前のような精神状態で働いていたのだけれど、大人になった僕にはそれなりの世渡り力がついて仕事も昔ほど苦痛ではなかった。

 

そして求人サイトで就職先を探して、給料を見て、

生きていけてしまうな

と思った。

看護師の資格があれば、自分の時間と引き換えに安定が手に入れられる。

給料だって同年代と比べてもずっといい。

 

何が大事でも、大事じゃなくても、生きているのなら生きていかないといけない。

生きていくのなら、稼がないといけない。

好きでもない仕事でも、嫌いじゃなければやれてしまう。

仕事があったら、生きていけてしまう。

それが、大人になるということでもあるんだろう。

 

でもそれと同時に、

こうやってゆっくり死んでいくのか

とも思った。

 

諦めることは、緩慢な自殺だ。

30万近くの月給をもらって、今よりもいい家に住んで、そうしたら生きていくことはできる。

何も考えなくても。

 

でもきっと、身体も心も腐っていくだろう。

痛みもないまま。

ゆっくりと時間をかけて。

 

彼女のこと

そんな葛藤の中、emoleを通して一人のアーティストに会った。

 

彼女は自分の作品を、ひいては自分自身を世の中に証明するために戦っていた。

身体の続く限りバイトをして生活費を稼いで、学生生活もして、残った時間とお金の全てを自分の作品に注いでいた。

そして、どうしてみんな必死に生きないのかと静かに憤っていた。

 

彼女の想いを聞いて、頭をハンマーでかち割られたような気がした。

 

戦って生きていく道

世の中には、2種類の人間がいる。

ひとつめは、本気で必死になって生きなくても、生きられてしまう人。

世の中に適合できる人。迎合できる人。

 

そうじゃない人は戦う。

でもその戦う力がどこかで折れてしまうこともある。

色んなことを諦めて看護師に戻る道を考えた僕みたいに。

 

迎合できる人は良いのだけれど、諦めから迎合の道を選ぶ人にとって、残りの人生は緩やかな自殺のようなものだ。

 

だから、彼女の強い目と言葉に打たれたとき、「助けたい」という言葉が自分の中からふっと浮かんだ。

彼女の夢が叶うように。

もしもそれが叶ったら、僕が今まで自分のためだけにやっていたことにはじめて意味が生まれる。

 

……ような気がした。

 

だから、もうちょっとだけ戦う道を探そう。

こんなに苦しまなくても、自分の好きなことで、自分を愛して生きていったっていいはずだ。

そんな世界を作るために。

ほんの小さなことでいいから、戦う人たちのための力になれるように。

 

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