重力と美学と強さについての話

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この年になって親ともめてるなんて書くのは恥ずかしいことなんですけど、親とは超もめて、もめながら家を出てきました。

今でも僕は、自分の親については「捨てるべきものだった」と思っています。

にも関わらず事務的に実家に帰らなきゃいけない用事が発生していて、それがすげー嫌で。

 

それを色んな人に相談するなかで、何を捨てて何を守るべきなのかっていうのは、やっぱり自分の頭で考えなきゃダメだよなって思ったので、書きます。

 

やりたいことをやって生きるという生き方

3月に仕事を辞めてから僕がやっていることといえば、大きなものとしてはこの2つ。

  • 添い寝サービスrainyの立ち上げ
  • ポリアモリーのシェアハウスを作るプロジェクト

あとはその合間にブログを書いたりnoteを書いたり。

 

やりたいことをやっていると思っているし、なんかめちゃくちゃ忙しいですけど、充実していて楽しいです。

ただまあそのことと、将来の見通しがつくとか成功する可能性があるとかとは別の話であって。

親ともめたのもそのあたりでした。

 

僕が全部捨てて今命がけでやってることっていうのは、はっきり言ってそんな次元の話じゃないわけです。

僕が生きてるのはたった「今ここ」であって、見えもしない将来や老後のためなんかじゃない。

僕の人生はそんなくだらないもののためであってはならない。

そう思っています。

 

だって正味な話自分がいつ死ぬかなんて分かんないじゃないですか。

今このタイミングで出会った人たちや、面白いこと。

今の僕にしかできないこと。

それに全力でぶつかり続けることが僕にとっての生きる意味です。

 

やりたいこと全部やってみれるまで進むしかないなって思ってて、そこに迷いはありません。

気分ムラはめっちゃあるけど。

 

捨ててきたもの

そしてそこまでの振り切りができる理由は、失うものが何もないから。

 

捨ててきたものというのは、実家であり、親であり、故郷であり、仕事であり、セクシュアリティをクローズドで生活していたときの平穏さであり。

 

そうやってたくさんのものを捨ててきたことで、僕は多分いっかい死んだんだと思うんですよね。

一回死んだにもかかわらず、今こうして生きていることができている。

そして2度目の人生を、生きることが楽しいと思いながら生きている。

 

だから僕にとって今の人生は、言うなれば余生です。

棚ぼたでもらった命です。

だからこそなんでもできるし、怖くない。

 

価値軸は、

たった「今ここ」にいる自分自身が楽しく、幸福に、ワクワクしながら生きられているかどうか。

それだけ。

 

逆にそこがブレてしまったら、そこに僕の生きる意味は存在しないと思っています。

 

まとわりつく重力を振り切って生きる。

軽薄そうに生きるっていうのが、僕の中での美学です。

それは色んなものを捨ててきたからこそ、この身軽さで動くことができているから。

 

2ヶ月ごとに住所変えたり(仕事辞めてからの半年で3拠点目)、

周りにどう思われるかなんて考えずに発信できたり、

会いたい人にDM送ってすぐに会ってしまったり、

お金も時間も全リソースを自分の好きなことに突っ込めたり。

 

 

こうやって自分のやりたいことと全力でぶつかっていくためには、そこに重力が出たら終わりなんですよ。

場所や、人や、仕事や、そういうものにひとつでも執着して縛られてしまったら、それは重力になってしまう。

その瞬間身軽に動き回ることができなくなってしまう。

 

それは僕個人の生き方としては美しくないなって、思ったりします。

正しいかどうかではなくね。

 

他者という価値軸にはじめて直面して

ただ。

やみくもに何もかも捨てりゃいいわけじゃないってのはこないだ痛い程思いました。

 

 

このツイートをしたとき、寄り添う、話を聞くということについて自分の中をかきむしられるような劣等感や悔しさを感じていました。

そしてそれは多分僕にとって生まれてはじめてのことです。

他人を切り捨て、周りを切り捨てながら自分の人生というものを切り開いてきた僕に、はじめて「他者」という価値軸が生まれた瞬間でした。(関連記事:note|力がなければ誰も救えない。

 

他人を切り捨てることは簡単です。

自分のことだけ考えていればいいから。

 

でも守りたいとか救いたいって思った時に、そこには強さがなくてはいけない。

 

自分自身の美学のために生きる

だからこそ僕の目指すべきものは、軽薄「そうに」生きることなんです。

それが今の僕の美学です。

 

油断したらすぐにまとわりついてくる重力を全力で振り切りながら、でも本当に大切な人やものだけは僕の全身全霊を懸けて守る。

重力を振り切る身軽さと、大切なものを見極める目と、大切なものが窮地に陥ったときに守れる強さ。

 

大事だと思える人が増えたからこそ、軽薄さだけでは拾いきれないものとも僕なりの温度できちんと向き合いたい。

なんかそんな感じに生きていきたいですねってへらへら考えたりしました。

 

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