【告白】声が出ない痙攣性発声障害という病気と戦っています。

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痙攣性発声障害(けいれんせいはっせいしょうがい)という病気をご存知でしょうか。

簡単に言うと、喉に変な力がかかって声帯が閉まった状態になり、上手く声が出せなくなる病気のことです。

症状が出ているときには、風邪をひいたときのような声や、詰まった苦しい発声になります。

 

症状の弱いとき強いときはありますが、実は僕はもうかれこれ5年くらいこの病気と戦っています。

 

痙攣性発声障害について

発症した経緯

僕がこの病気を発症したのは、大学2年の時でした。

声が出なくなるという症状について、なにか決定打があったわけではありません。

はじめは「なんか変?声が出しにくい。風邪?緊張?」という違和感にはじまり、徐々に声が出なくなっていきます。

 

そこからまったく喋ることができない状態に陥るまで、数週間もかかりませんでした。

そして声を専門とするクリニックに行き、「恐らく痙攣性発声障害ではないか」という診断を受けたのです。

 

痙攣性発声障害の原因

痙攣性発声障害の原因はまだよく分かっていません。

ピアノやギターの弾きすぎなどで指が上手く動かなくなる「局所性ジストニア」が声帯という筋肉に起こるからだとも、ストレスも関連性が高いとも言われています。

 

僕にとっては、ストレスがとても大きな原因の一つだったように思います。

中学でいじめを受けた時以来の人間不信と対人恐怖とをこじらせて放置してしまった結果です。

注射も打ったりして(麻酔しながら声帯に直接注射するからめっちゃ怖い&痛い)、正面切って戦った時期は多分1年ぐらいだったでしょうか。

 

そのあとは、考えることから逃げてきました。

どうしようもないもんだから見ない振りをしてきました。

「気にしすぎ」も症状が現れる大きな要因の一つであり、「声が出ないかもしれない」というプレッシャーを感じること自体が症状の発現を助長するからです。

 

その時によって、状況によって声が上手く出ないことはある。

それでも、見ないように。考えないように。

頭の片隅にあったとしても気にしないことで、時には大丈夫なんだと自分に言い聞かせることで少しずつうまく話せる場面は増えていき、いつしか本当に声について考える機会は減っていきました。

 

RAINY PROJECTのミーティングで再び生じた恐怖と情けなさ

でも僕はここに来て、またしてもこの「声が出ない」という恐怖に直面することになります。

 

きっかけはRAINY PROJECTのメンバーと打ち合わせをしているときでした。

少し前から「なんかちょっと嫌だな・・・」というはっきり言語化もできない感じはあったんですが、それが昨日ははっきり形になってしまった感じ。

それが起こったのは、メンバーそれぞれが今週の自分のやることを出して共有するという場面です。

 

痙攣性発声障害の症状そのものが出たわけではありません。

以前なら間違いなく症状を起こしていただろう場面に出くわしたとき、プレッシャーとこれは嫌だという感情が自分の中に物凄く強く起こりました。

「また声が出なくなるかもしれない」という恐怖感を持ってしまった時、自分の考えを共有するというごく当たり前で自然なことができなくなってしまった。

 

雑談をする感じで話すときはまだいいんですが、

でも「発表する」とか、「それぞれ自分の意見を言う」とか、そういう場面が僕にとっては、何を言っても笑われた中学時代や、大学で上手く出ない声を抱えたまま指名されて何かしゃべらなければいけないのにどうやっても声が出なかったトラウマの状況そのものだったんです。

 

でも状況はあの時とは違います。

信頼している仲間のはずなのに、たった少人数なのに・・・。

そして大事な人たちだからこそ、その仲間の前で上手く話せない自分をさらすというその恐怖に、僕はただへらへらと笑って、「できない。これは嫌だ」と繰り返すことしかできませんでした。

 

チームにとって共有しながら進めることが大事だってことは僕にだってわかる。

じゃあどうしたら共有できるかをみんなで考えた結果、僕だけ喋るんじゃなくてドキュメントにして共有することにしようということに。

RAINYの仲間にそれを言わせてしまったことが申し訳なくて、そうすることでしか伝えられない自分自身が情けなくて、久々にしんどかったです。

 

見ない振りをしてごまかしてきた

つまりこれは、僕の中で根本的な解決なんてまったくできていないということなんですよね。

まったくしゃべることができなかったあのときに比べれば、環境が変わったり、コミュニケーションの場数を踏むことで、確かに改善はしてきています。

 

でも「声が出ない」「痙攣性発声障害」という言葉を文字で書くのも苦しいくらい、僕にとってこの問題は全然過去になんかできていない。

トラウマそのものと真っ向から戦ったわけではなく、逃げ続けてきて見ない振りをしてきてしまったから、こうしてまた同じことでつまずいてしまうのかもしれません。

 

戦うべきなのか、逃げ続けることが正しいのか

先日の記事で、複数恋愛実行委員会のイベントをやったと書いたじゃないですか。

関連記事:【ポリアモリー】複数恋愛実行委員会イベントレポート!!

 

そのイベントで、僕は主催側としてメインの司会をやっていました。

 

その時も声に対するプレッシャーと恐怖がなかったわけではありません。

だからこそ念入りにレジュメを作って、流れを考えて、「楽しいイベントをやるんだ」ということを自分に言い聞かせながら当日を迎えました。

 

その結果あのイベントはものすごく充実した良いものになり、参加者の方からも素敵な感想を沢山いただきました。

 

そして、「ああ、こういう体験を積み重ねていけば僕はいつかきっと完全に克服できる」と思ったんです。

 

ぜんぶ正しかったと言うために

だからこそ、先日の打ち合わせでの件は本当に悔しくてたまらなかった。

 

RAINY PROJECTのみんなは、できないならやり方を変えるという方法を提案してくれました。

でもそれは果たして、また逃げることになるんだろうか。

それとも、弱い部分であっても見捨てずにいてくれる仲間だからこそ、失敗が許される場だからこそ、今まで逃げ続けたことと真っ向から戦うべきなんだろうか。

まだ答えは出せていません。

 

何が正しいのかは分からないけど、たぶん僕は、こうやって苦しんだこととか、死にたかった過去とか、全部正しかったって言うために生きてて、

だからなんかこれからもこんな記事書くと思います。

もし良かったらでいいので付き合ってください。

 

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