【性自認と性他認】らしく見えないと言われて苦しい人へ

性他認を無視したらXジェンダーは理解されない?

性自認とは、自分で認識している自分の性別のこと。

性他認とは、他人が分類・認識する性別のこと。

また性自認のとおりの性別として認められる確率のことをパス度と言います。

このことに関連して、

性他認をという考え方を当事者が限りは受け入れない限りは、Xジェンダーは理解されない。

こんな風に言われることがあります。

 

つまり、僕たちXがいくら男でも女でもない、自分たちは中性だ両性だ、と訴えたところで、外見的な性他認と性自認に差異がある以上、それが世の中的に認められることはないと。

REIJI
Xジェンダーなんだ
・・・で?(それをカミングアウトしてどうしてほしいの?)

っていうあれですね。

Xジェンダーのカミングアウトはむずかしい!

2017.09.26

Xジェンダーを認知してもらいたい。一体何のために?

僕はXジェンダーのことを知ってもらいたいと思って発信をしていますけれど、別に市民権をくれとか性別の記入欄で男女以外を書けるようにしろとか、そういったことを訴えていくつもりは全然ないです。

 

僕自身Xジェンダーという言葉に辿り着くまでに物凄く遠回りをしてそれが結構苦しかったりしたので、Xに辿り着いて楽になれるもんならそのためのショートカットを僕は示したい。

これが僕が発信をする理由です。

 

性他認って概念があるだろ。とか言い始めるような奴は、結局自分たちが属している以外の世界の枠組みを認めようとしない人たち。

性他認というのは結局、男女二元論、男らしさ・女らしさの2つの枠組みの中の話でしかないからです。

そういう奴らのために、あなたがあなたの形を変える必要はありません。

 

誰かに自分の意見を認めさせるということはイコール他人をねじ伏せることで、そのことの幸福度はきっと低い。

だったらそのエネルギーは多分別のことに使った方がいい。

セクシャリティに生かされるのか、セクシャリティのために生きるのか

性自認と性他認の話をかみ砕いてみると、要は

  • セクシャリティに生かされるのか
  • セクシャリティのために生きていくか

ということです。

 

Xジェンダーという言葉に出会ってそれまであいまいで不安定だった自分の立ち位置を見つけられたのは、「セクシャリティに生かされた」こと。

逆に性自認通りの性別として認めてもらうこと、パス度を上げることだけを目的に治療や服装を決めることは、「セクシャリティのために生きる」こと。

 

自分がそうしたいからではなく他人からもらえる承認を求めて自分の行動を選択してしまうと、苦しさは増すように思います。

 

不確定で確証のない他人の承認を求める続けるのは消耗するだけ。

相手のリアクションが求めたものと違った時に、傷つくのは自分です。

自分が自分自身でありつづけるための選択をする。

性他認が指標でないのなら、僕たちは何のためにどうやって自分のセクシャリティを表現していくのか。

その答えはたった一つ。他ならない自分自身のためです。

 

自分にとっての自分らしさが男性らしさなら、それを求めればいい。

自分にとっての自分らしさが女性らしさなら、それを求めればいい。

自分にとっての自分らしさが男でも女でもないことなら、それを求めればいい。

 

選ぶべきは、性他認ではなく性自認。

他人からどう見られるかよりも、自分自身が楽しい・気持ちいい・気持ちいい・面白いと思えることが最適解です。


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