超重度コミュ障で外に出られなくなった僕がいじめ後遺症の症状を克服することができた3つの理由

いじめ後遺症とは

いじめ後遺症とは、過去のいじめによる傷が長年にわたって対人面や精神的な生きづらさにつながってしまうことです。

僕も中学の3年間いじめにあい、長年その後遺症に苦しみ続けてきました。

コミュ障とかそういうレベルじゃないくらい人間が怖くなって、身動きが取れなくなった時期もあります。

 

今思えば、学校という環境に悪い影響ばかりを与えられていたような気がします。

10代のころの僕は、人生が早く終わってくれることだけを願っていました。

 

でも25歳の今、生きていることが楽しくてたまらないし、これから先の人生に本当にワクワクしています。

僕がここまで変わることができたのは、いじめ後遺症と戦っていく過程で自分のなかに3つの行動の指針を確立していったからです。

僕がどんなイジメにあっていたか

学級崩壊という言葉がありますが、僕の通っていた中学校は3年間学年ごと崩壊していました。

生徒が好き勝手なことをやって大騒ぎして授業も成り立たないくらいなのに、教師は力量不足でそれを抑えることもできない。

 

1学年に10人以上は大人(教師)がいるはずなのに誰も手出しもしない。

少しでも変わっている人間、弱い人間は程度の差こそあれ片っ端からターゲットにされる。

 

学校という閉鎖的な世界は本当に治外法権でした。

そんな状況であっても、親からは「義務教育なんだから学校には行け」と言われて、3年間逃げ出すこともできませんでした。

 

行動の一つ一つ上げ足取って嘲笑が起こる。

しょうもないちょっかいかけられては笑われる。

背後で起こる根拠もない悪口、からかい。

ただ1日が何事もなく過ぎ去っていくことだけを下を向きながら願って、たいていそれは裏切られる。

 

今思い返してみても地獄よりも辛い日々です。

いじめ後遺症の症状

中学を卒業してからも、僕のいじめとの戦いは終わりませんでした。

いじめは、いじめにあっている間だけでなくその後何年にも渡って一人の人間の人生を変えてしまいます。

僕の場合は、具体的には次のような症状に苦しめられました。

自分に自信がなくなる

長期間にわたってからかいや嘲笑にさらされていると、それがどんなに根拠のないことであっても、そのうちそれが真実であるかのように思わされてしまいます。

いじめは自尊心と自信を奪っていきます。

いじめにあっていた当時、僕は自分が誰よりも醜くて欠陥した人間だと本気で思っていました。

 

今でも容姿や性格にはコンプレックスがあります。

常に他人の期待に応えようとして消耗していく。

笑われるのが怖い。失望されるのが怖い。

その感情は中学という地獄が終わっても持続して、自分の言動の一つ一つに対する他人の評価が怖くてたまらなくなっていました。

そういうのが、多分社会人になって1年半くらいまでは続いたと思います。

 

他人の機嫌を損なわないように、誰にも付け入られる隙を与えないように、常に完璧でいなくてはいけない。

間違った行動をしてはいけない。

それがそのまま取っ付きづらさにつながって、今はそれでも少しマシにはなりましたが、人間関係を形成することがめちゃくちゃ下手でした。

チック

教室という環境に身を置くだけで、チックという不随意な身体のピクつきが止まらなくなりました。

一般的にはチックはまぶたとか局所的に表れることが多いのですが、僕の場合は上半身、特に両腕や肩にそれが顕著に表れていました。

 

それを誰かに指摘されたり、指摘されなくても自分で体がぴくぴく動いているのが分かるので、教室に座りつづけていなければいけないのが超絶苦痛。

ますます自分に対する劣等感を強めていく悪循環に陥ることになります。

けいれん性発声障害

大学の時、半年ほど声が出せなくなったことがあります。

けいれん性発声障害は失声症とは違って、喉に変な力がかかって風邪をひいたときみたいなしゃがれた声しか出せなくなる病気です。

 

周りから風邪?と聞かれて、本当は違うのに、答えようとする声すらうまく出てきません。

コンビニやスーパーの店員との会話すらまともにできなかったときはマジで自信喪失しました。

 

結局どうやって直したかというと、けいれん性発声障害という診断をもらって、発声専門のクリニックで保険のきかない3万円以上するボトックス注射を2回打ち、あとは気合で治しました。(参考にならない)

 

ボトックス注射は声帯に直接行う注射です。鼻からチューブを通して麻酔薬噴霧しながら声帯に直接ボトックスを注射するんですが、この治療自体、拷問?ってくらい辛かった。

人生において二度とやりたくないことのひとつです。

 

今でも発表みたいな場は苦手なんだけど、事前に入念に準備をすることでプレッシャー回避するようにしたり、あとは精神的な闇期を抜けたことでちょっとはマシになったかな。

REIJI
いじめ後遺症は、症状そのものによって人から指をさされたり笑われてしまうことも多いです。

それによってさらに自信を無くす悪循環に陥っていしまいます。

いじめ後遺症を克服した僕の3つの行動指針

ここからは、こんなどうしようもない状況かどうやって抜け出していったのかについてお伝えします。

僕は次の3つの行動指針を自分の中に持つようにしました。

  1. 自分を生かすためだけに生きる
  2. はったりでも良いから自信をつける
  3. 自分にとってのアラートを持つ

自分を生かすためだけに生きる

未来や将来とか、資金の限界とか一切考えず自分を生かすことだけを最優先にするようにしました。

単純なことだけど、自分が大好きだった漫画、本、映画、ライブ、CDなど、とにかく自分楽しい・嬉しい・気持ち良いと感じる一切のことを我慢しないようにする。

 

自分にとって楽しいことをするときにも、映画のチケットや欲しいものを買うときにどうしても避けられない会話ややりとりがあります。

そういったことを通してコミュニケーションの怖さを少しずつなくしていくことができました。

人によってはちっぽけなことかもしれないけど、僕にとっては一つ一つの障害をクリアしていくことがものすごく労力を要することです。

 

失敗したら反動で外に出るのがまためちゃくちゃ怖くなります。

でもうまくコミュニケーションが取れたら自分をほめてあげるようにしました。

はったりでも良いから自信をつける

ファッションを勉強したこと、そしてボディピアスを開けたことが僕にとってはものすごく重大な意味を持っています。

外に出るのが怖かったときは、自分の服装、髪型、一挙手一投足のすべてが笑われてバカにされている気がしていました。

 

それでもずっと引きこもってる訳にもいかず必要に迫られて一応外に出てみるんだけど、そのあとは自己嫌悪と自己憐憫で吐きそうになってた。

っていうか吐いてた。

 

そんな僕ですが、ファッションを学び始めてから明らかに気持ちが変わっていきました。

自分の服装が周りの人たちに劣っていないことを、自分の目で見て実際に確認することができたのです。

そしてほとんど誰にも真似できないボディピアスを開けて、それが自分の強さや武器みたいに思えたことで、僕はやっと少しずつ回復していきました。

 

だからファッションが人生を変えるということを僕は本気で信じています。

自分の服装に自信が持てるだけで外に出ることのプレッシャーとか負担感が軽くなるし、その自信はまた外に出るためのモチベーションになります。

自分にとってのアラートを持つ

いじめ後遺症の症状が現れる理由は、当時のトラウマがフラッシュバックするから。

ということは、トラウマ的な環境に自分を置かないように気を付ければ良いわけです。

それが自分専用のアラート(警報機)を持つということ。

 

僕の場合はとにかく「教室っぽい環境」がとにかくダメだということが経験から分かっています。

中学と違って荒れていなかった高校・大学に行っても、僕にとって教室という環境自体がトラウマそのものです。

そこに身を置き続けるというのはトラウマを二次体験するのと同じことで、その結果マジで調子を崩し続けました。

 

そこから僕は教訓を得ます。

僕にとってのアラートは、「教室っぽい環境」だと自分が調子を崩しやすいということ。

 

なので、なにかの講義に参加するときにもやばいな、と思ったら途中で部屋を出たり、大人数・大教室は僕的には本当に危険なので後ろの方に座ってすぐに部屋を出られるようにしておくこと。

 

自分にとってどんな環境が危険なのかをあらかじめわかっておけば、その環境をできるだけ避けるようにしたり、程度を緩和したりができるようになります。

REIJI
トラウマの二次体験を繰り返しているといつまでたっても傷は治りません。

自分自身のアラートを知って、危機的状況を事前に避けることようにしましょう

いじめにも、いじめ後遺症にも負けない

「いじめからは逃げる。自分の本当の居場所で死に物狂いになって頑張る」

 

これがいじめとその後遺症に完全勝利するための鉄則です。

 

ただ一番の解決策は、いじめにあったら音速で逃げて、いじめ後遺症を発症しないこと。

いじめの真っただ中にいるときには痛みとか苦しさがマヒしちゃってほかの選択肢がないみたいに思えます。

でも世界はどん詰まりなんかじゃないし、逃げようと思ったらいくらでも逃げ道はあります。

 

後遺症の名の通り、いじめ後遺症は後になってから発症します。

んで発症した時には結構大変なことになってることが多い。

REIJI

理不尽なことからは、逃げましょう。

我慢するのはやめましょう。

苦しくない居場所は絶対にあります。

おわりに

僕は今、生まれて初めて親や社会の要求するレールを外れて、看護師の仕事も辞め、千葉県いすみ市でこれからの自分の活動につなげるためにブログを書いています。

 

生まれて初めて生きていくことが何も怖くないのは、今この瞬間に生きていることが楽しいと思える自分の感覚を信じているからです。

そしてその先に自分自身が目指すビジョンを信じているからです。

そのビジョンのために、死に物狂いになって頑張っているから、なんにも苦じゃない。それどころかめちゃくちゃ楽しい。

 

だから今これを読んでくれている人が、自分の理想のために必死になって死に物狂いで頑張るのなら、その先に居場所があることは多分僕は保障してやれます。

REIJI
自分のエネルギーはいじめなんかと戦うためじゃなく、自分自身にとって幸福な人生を切り開くために使ってください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA