3年間看護師やったけど本当に欲しいものを手に入れるために無職になります

reijiです!

REIJI
終わるーーーーーーー!!

何が終わるかというと、会社の奴隷すなわち社畜生活が!

  • 3交代という名の5交代(遅番・早番あり)で体内時計しっちゃかめっちゃか
  • 休みの深夜勤務入り(休日→その日の夜中24時から勤務)とかいうクソシステム
  • 有給休暇は人手不足により消化できず翌年に繰り越し&消滅
  • ゴミのような人事でさらに人手不足
  • 残業に次ぐ残業
  • 薄給

というロイヤルストレートフラッシュのさらにその上を行く超絶ブラックな病院をとうとう今月辞められます!

あと2週間!

 

3年間の看護師人生に一応のピリオドが付くわけですが、看護師を辞めてどうするかというと、

REIJI
ニートです。

いやニートなわけではないですけどとりあえず無職です。

当面の予定は真っ白け。「好きなことして生きていく」人生に向けて舵を切っていくつもりですが、その辺の話はまた後日。

看護師として失ったもの

看護師としての3年間。学生時代から考えれば延べ7年。

僕はもうとにかく働くということが嫌で嫌で仕方ありませんでした。

 

学校が嫌いなのは中学から始まった話なので大学が嫌だったのは仕方ないとしても、「安泰な職業」として選んだ看護師も「自分のやりたいこと」そのものではなかったわけで、

おまけに職場自体もブラックだったもんだから数十年の人生のうちの7年間が無駄になったといっても過言じゃないと思う。

 

失った時間の重みは計り知れませんが、こんなにもたくさんの時間が失われた理由は、

  • 「人生において本当に欲しいものはなにか」という命題と正面から向き合うことをしてこなかったから。
  • 「道を外れるのはハイリスクだ」という周囲の人間や社会の言うことを信じて、嫌なことから逃げなかったから。

 

自分で言うのもアレですけど、ザ・良い子像のど真ん中を生きてきたような僕だからこそ、

奨学金の完全返済、そして「とりあえず3年」の3年間をまっとうしてある程度の貯金を溜めるという外面的な(主には親への)責務を果たした後でなければ、たとえ自分の人生であろとオフロードを突き進むことができませんでした。

 

そんな中で働いていてなにが一番腹立たしくて悲しかったかって、思考するための時間が容赦なく奪われていったことです。

考えたいことがあるのに夜勤だからもう寝なくちゃとか、ブログを書きたいのに毎日一定の作業時間を確保できないことがとても辛かった。

 

あと夜勤明けの身体の重さと疲れはもう尋常じゃない。

看護師として得たもの

反対に得たものと言えば、

会社のシステムとしてはブラックでしたけど、同僚の方たちは良いひとばかりで、障害児医療に携わる姿勢障害児のいる家族ごと包括する支援体制とか、尊敬すること・学ばせていただいたことがたくさんあります。

 

ただ現場職員の一生懸命さや障害を持った子たちに対する思いが強い分、それを支えてあげられない上層部に対する苛立ち、不満はみなさん感じていましたし、僕ももどかしい思いをしていました。

子供のことを見てあげたいのに、時間と紙の無駄でしかないサインと書類の山とかこの時代に電子カルテじゃなく紙カルテだし、クソシフトのせいで最良のパフォーマンス発揮できないとか。

 

そんでも障害児はめちゃくちゃかわいいし、

言語的なコミュニケーションはできないけど、僕らに本当にたくさんのものを与えてくれる彼らに対して「寄り添ってあげたい」「苦しい思いはしたくない。楽しく過ごしてほしい」、そんな風に心が動くことは何度もあって。

 

僕が本当にやりたいことに対してのスタートダッシュが遅れた、という意味ではここ7年間は確かに時間のロスではありましたが、人生全体において看護師として働いたことは、少なくともマイナスではなかったのかな、と感じています。

REIJI

もう一回やれって言われたら音速で断るけどな!

 

あとは救急救命技術とか修羅場の経験値とか(突然呼吸止まる、吐血、重積発作etc…)、なんかこう度胸はつきました。

「嫌だ!やりたくない!」その直感は大体正しい

ロスした7年間の中で僕に言えることがあるとするなら、「これはやりたくない」と思う自分の直感は、ほとんどの場合正しいってことです。

「嫌なこと」は、やり続けたところで慣れはしても、嫌だ!と思う感情が無くなることは絶対にありません。

 

僕はもうとにかく学校という場所が嫌いで苦痛で仕方なくて。

「普通の人は学校に行くんだ。学校に行かなくてどうするんだ!」

と親に言われ続けて行ったは行ったものの

  • 中学校 不登校になりかけ出席日数ギリギリで卒業。しかもイジメにあう。
  • 高校 部活が救い。部室でサボり倒し出席日数ギリギリ。コミュ障を極める。成績は良かったので無事卒業。
  • 看護大学 サボり倒したため出席していれば単位が取れる法学を落とし養護教員の免許取れず。必須科目も落としかけてマジ焦る。心因性のストレスで一時的に声が出なくなり心身共にズタボロ。
REIJI
書いてみてなんか悲しくなったよ!よく死ななかったな僕!

社会人になってもデスクワークやってたとしたらマジで発狂するか自殺してたでしょう。

看護師になったら閉鎖空間でない代わりに不規則勤務&クソシフトで別の意味で死んだけど。

 

小中高大と16年かけてやっと分かりました。

嫌なことはやり続けたところで好きなことには成り得ません。

身体も心も壊して下手すると死んじゃうかもしれない。

REIJI

学校嫌すぎるもう死にたい・・・とか思っている人は全力で逃げような!

コレ先輩からのお願い!

今だから言えることですが、学校って場所が異常なだけで学校が嫌いなあなたがおかしいわけでは全然ないです。

もっと楽に生きられる場所は必ずありますし、義務教育中だとしても、フリースクールでも通信でもいいからとにかく現状からはわき目も振らず逃げてください。

死に物狂いで欲しいものを取りに行く

はい完全に話がそれましたが、何が言いたいかというと、人生の中で「自分が本当に欲しいものはなにか」という命題と向き合う時期は必要だということです。

  • 人生をかけて達成したい目標はなにか
  • 自分は何のために生きていくのか
  • 生きていくその先でどこにたどり着きたいのか

そういうことをまったく考えずに「自分が人生をかけて本当に欲しいもの」と向き合わなかったとしても、とりあえず生きて行くことはできます。

でもある種の人たちは、「本当に欲しいもの」をガチンコで取りにいかなければ耐えられない。生きている実感を得られないんです。

それがお金なのか名声なのかやりがいなのか他者貢献なのかはわからないけど。

 

僕は楽しくない人生をこれから先何十年も生きていくことには到底耐えられそうもありませんでした。

普通の人生を降りて目指す「本当に欲しいもの」は、自分ががむしゃらに努力して、死に物狂いにならなければ手に入らないものです。

でもそれは僕が今までしてきたような嫌なことに耐え続ける努力ではなく、楽しい人生、生きやすい人生を生きるために創意工夫をし続けることだと思っています。

 

僕たちは一回こっきりで死んじゃう人生、そのあとには何も残らない人生を生かされています。

だったらその人生は、自分がどれだけ楽しい、面白い、気持ちいい、うれしいと感じることができるかのためだけに存在すると言い換えてもいいんじゃないでしょうか。

  • 自分をエンターテイメントし続ける。
  • どうすれば自分が楽しいかを徹底的に追求し続ける。
  • 楽しく努力する。
  • 楽しく継続する。

そんなことをテーマに今後のオフロードを突っ走っていこうと思います!

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