Xジェンダーな僕がパス度なんかどうでもいいと思う理由

   

スポンサーリンク

 

他人に認められたい=こういう性別として扱ってほしい。こう見られたい

LGBTのことだけじゃないですけど、それを始めるとすごく窮屈です。

自分の望むとおりに扱ってもらえたらそれはうれしいです。もちろん。

でも他人にどこまで受け入れられるか、他人がどこまで理解してくれるかっていったらそれはやっぱり難しい。

 

「胸オペしたい」も「性別適合手術したい」も「好きな服を着たい」も同じ立場の一人として、大賛成だし応援します。

でもその動機が、男性/女性として見られたいから、パス度を上げたいから

だけだとしたら、それはものすごく危険なことだと思うんです。

他人は思い通りにならない

僕は性別やジェンダーに関係なく好きな格好して好きなように生きている人が大好きです。

めちゃめちゃカッコいいです。

それはそういう人がみんな自分の芯みたいなものをもって、努力して自分の信じてる美しさに向かって進んでいるから。

 

それとは逆に他人軸に生きるというのがどういうことかというと、

他人にどう見られるか

が真っ先にあって、

自分がどうしたいか

がどこにもないんですね。

 

基本的に他人は思い通りにならないし、思い通りにしてはいけないもの。

他人の心を読むなんてことができない以上、「他人からどう見られたいか」のために生きるということは、正解のないゴールに向かって努力しつづけるということです。

 

そうやって身体を変えていったり、自分のセクシャリティを定義していったんだとしても、いずれ本当の自分じゃない感を持ってしまうんじゃないかという危機感を僕は抱くわけです。

 

第一目的はパス度じゃなく、

自分にとって楽だから。

この自分でいることが楽しいから。

このほうが正しい身体だと思えるから。

 

僕はそうやって自分の身体や生き方を決めていきたいです。

「お前の性別はなんだ?」に対する僕の答え

僕はXジェンダーです。

  • 胸オペしたい
  • ホルモン治療はしたくない
  • 男の服を着たい
  • 「僕」と言いたい

これが僕です。

 

普通じゃない。変だ。

うん。返す言葉もありません。

 

でもだからって

「ありのままでいい」

「みんな違ってみんな良い」

「LGBTにだって権利がある」

とか言われても無性に腹が立ちます。

 

批判覚悟で言いますが、

REIJI
うるせえお前が決めんな。

 

LGBTは守ってあげなきゃいけない弱い存在ですか?

LGBTであることは欠点ですか?欠陥ですか?異質ですか?

 

だからこその「僕が僕として生きられればそれでいい」なんですよ。

僕は生きやすく生きていきたいです。

誰になんと言われようとも好きな格好して好きに身体を変えて好きに生きていきます。

LGBTが当たり前になったら、LGBTなんて言葉はなくなる

僕が最大限に望むことは、

  • LGBTがいる光景を当たり前にしていくこと
  • LGBTとそれ以外みたいな線引きをなくしていくこと
  • 最終的には、LGBTなんて言葉はなくなること

 

カッコつきのLGBTなんかどこにもいません。

僕もどうしようもないぐらい普通の人間です。

だから

これを地道に体現していくしかないですね。

 

望む通りの性別として受け入れられればそれが一番だけど、

たとえそれが叶わなくてもも辛いとか劣等感持ったりする必要はなくて、好きな生き方を日常として積み重ねていくだけ。

そういう生き方を目の当たりにし続けることで、周囲が、そしてやがては社会や世論のほうがそれに適応せざるを得なくなる日が必ず来ると僕は思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA