絵本(風)になった! 診断のないFtXの性別違和

REIJI
下の画像はスライドできます。

 

 

どこにもない性別を生きる

スライダーで作った絵本、いかがでしたでしょうか。

 

僕がこれから生きようとしているのは、

どこにもない性別の概念

なのかもしれないと思うことがあります。

 

現代の日本の社会というのは、基本的にシスジェンダー(身体的な性別と性自認が一致している人)としての男性・女性を想定しています。

そんな中でレズビアン・ゲイ・性同一性障害などといったセクシャルマイノリティの存在が認識され始めたのがごく最近のこと。

まだまだ当事者にとって生きやすい社会の仕組みが整っているとはいえません。

 

そして更にその先にいるのが、Xジェンダーや、FtMゲイ、MtFレズビアン、アセクシャル、ポリアモリーなどなど、

「LGBT」の言葉の中に必ずしも該当しないジェンダーの所有者たちです。

まだまだ認知の広がっていないこうしたセクシャリティの当事者は、誰もが先例のない生き方を自分で開拓しなければならないのです。

 

僕はXジェンダーですが、「女じゃない」ことを第三者に肯定してもらうためには、

「Xジェンダーらしさ」とでも呼ぶべきジェンダー像を演じなければいけないような気になることがあります。

その一部が髪型であり、ファッションであり、最終的にはホルモン治療や胸オペなどの性別適合治療になるわけです。

 

ただ。何のために外見を変えていくかというと、決して他人に認めてもらうためではありません。

そうであってはいけないと思います。

Xジェンダーの所属感

外見や性別で恋愛するわけじゃないとか、その人の内面が大事だとかの次元の話ではなく、性的指向(どの性別の人をすきになるか)は変えようとしてもどうにもならない部分です。

なので、女性愛者だからといってFtXである僕がレズビアンコミュニティに問題なく溶け込めるかどうかというと、実はそうでもないんですね。

既存の男女二元論のなかではこぼれ落ちてしまうセクシャリティの受け皿として、

  • 無性
  • 両性
  • 中性
  • 不定性

のすべてを許容するXジェンダーの担う役割は確かに大きいのです。

男でも女でもない性別 Xジェンダーとは? 当事者による詳細解説

2017.07.19

しかしその間口の広さと不定形さが、時に所属感のなさにつながってしまうこともあります。

つまり、Xジェンダーである僕も「身体的には女性で女性を好きになる」ので、現象としては「レズビアン」に分類されるのですが

性自認が女性ではなく身体的な治療も視野に入れている状況で、果たして「女性として女性を好きになる」レズビアンコミュニティのなかに所属していいのか?と言われるととてもクエスチョン。

 

ただ間違いなく言えることは、誰かに認めてもらうとか愛されるとかのために身体を変えるのは間違っているということです。

どう見られるか?ではなくどう生きたいか

なんで胸オペかメンズファッションか「僕」って一人称かって、

その方が楽で生きやすいと思ったから。

とても女ではいられなかったから。

 

その気持ちを肯定してくれるのは、他人じゃなく社会じゃなく、あくまで自分自身です。

「どう見られるだろう」、「どう振る舞えば認めてもらえるだろう」とか考えている内は自分の人生を生きることにはなっていない。

だから自分自身の選択に「他人からどう見えるか、見られたいか」という視点を介在させてはいけないんです。

 

これは決してセクシャルマイノリティに限った話ではなくて、

どう生きたいか、どうなりたいか、という一生の命題を考えるときに、誰も自分の人生を代わりに生きてはくれないという大前提を頭に置いておかなければ、自分の生きたいように生きることはできません。

 

僕はXジェンダーらしくあるためじゃなく、パス度を上げるためでも誰かのためでもなく、あくまで自分の生きやすさのためにXジェンダーとしてのこれからの選択をしていくつもりです。

Xジェンダーな僕がパス度なんかどうでもいいと思う理由

2017.12.28

男の振りじゃなく誰かのためじゃなく、自分が自分になること

人間だから迷う。

Xジェンダーだって思っても確信なんかなくて、戻れない治療ならやっぱり怖い。

それでも他人のためじゃなくて「自分が自分になること」を目的にする選択なら、きっと間違ってないと信じたいです。

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