女でいられなかったXジェンダーの性別違和ってどんな気持ち?

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こんにちは!FtXブロガーのreiji(れいじ)です!

今日は性別違和についてのお話です。

 

性同一性障害が女性または男性になりたい気持ちであるのに対し、

Xジェンダーの性別違和は少し違います。

そもそもXジェンダーってなに?って人はこちらの記事からどうぞ

男でも女でもない性別 Xジェンダーとは? 当事者による詳細解説

 

僕は、IS(インターセクシュアル、性分化疾患)ではないのですが、

男でも女でもない性別、Xジェンダーを自認しています。

 

性別違和とは?

性別違和とは、生物学的な身体の性別とは異なる性自認(心の性)を持つために感じる違和感のことです。

 

現代の社会的なさまざまな仕組みは、男女二元論に基づいています。

 

男女別の制服や、

男女別に求められる外見(スカート、化粧、髪型)や、言葉遣い、仕草、振る舞い方、職業、家庭内役割などなど・・・。

 

数え上げればきりがありませんが、

基本的に誰もが、生まれたときに割り当てられた性別での性役割をこなすことを求められます。

 

このため身体の性別と性自認に差異がある人=性同一性障害や、僕のようなXジェンダーは、あらゆる面でそのギャップに苦しむことになるのです。

 

僕は女でいられなかった

僕は、自分の中に女性性を見つける度に、いつも不安でたまらなくなります。

女の名前。

鏡の中の女性的な身体。

頼んでもいないのに子供を産む準備をする僕の内部。

 

そして極め付きは、「女の子なんだから」という呪いの言葉。

女の子なんだから、もっと髪を伸ばしなさい。

女の子なんだから、言葉遣いに気をつけなさい。

女の子なんだから、スカートをはきなさい。

女の子なんだからーーーーーー。

 

発する人には、多分他意も悪意もなかったと思います。

でもその無遠慮で侵略的な言葉をぶつけられるたびに、嫌で嫌でたまりませんでした。

FtMとFtXとの違い。

かといってはっきり男になりたいかと言うと、そうではありませんでした。

同じく女性の身体に違和感を持つFtM(身体の性別は女性、性自認は男性)とFtXですが、それぞれの性別違和には大きな違いがあります。

 

性同一障害としてのFtMは、本質的には男性です。

だから、理想である男性の身体とは異なる女性として生まれた身体に嫌悪感や違和感を抱きます。

 

ではFtXはどうか。

僕は女性としての性役割や、女性的な身体、自分が当てはめられている女性としての性役割には、人一倍嫌悪感があります。

でも男になりたいFtMとは違い、その先になりたい身体のイメージが無いのです。

 

男になりたいのか、自分は男なのかと聞かれると、「?」が浮かぶ。

でも、どうしようもなく女ではいたくなかった。

 

その気持ちに、とりあえずのXジェンダーという枠組みを与えたものの、

REIJI

女ではいたくない。

僕は女じゃない。

でも男にもなれない。

僕は一体なんなんだろう?

そんな疑問が、常にぐっるんぐるん頭の中で高速回転しているような状況でした。

 

「女」という記号

そんな僕にひとつの答えを与えたのがこの本です。

IS(インターセクシュアル)漫画家、新井祥さんの

『LGBTだけじゃ、ない!「性別」のハナシ』です。

 

この本のXジェンダーの解説ページに次のような言葉があります。

体は女性。でも”女の記号”はちょっとイヤ・・・

引用元:新井祥『LGBTだけじゃ、ない!「性別」のハナシ』(ぶんか社)

 

REIJI

それだ!

僕はそれだ。

僕が嫌で嫌でたまらなかったのは、「女性という記号」だったんだ。

なんだかとても腑に落ちました。

 

女でいることが嫌、でも無理に男になろうとしなくてもいいこと、それがXジェンダーなんだとしたら、

そういう性別にXジェンダーという名前がつくのなら、僕の居場所はここだと思いました。

 

女でいられない性別がXジェンダーなんだ

悩んでいたのは、Xジェンダーという言葉の不定形さだったのです。

男性にも、女性にも、FtMにも、MtFにも、かっちりとした「男」、「女」の定型があります。

 

でもXジェンダーは違います。

ひとりひとりのXジェンダーそれぞれに、中性・無性・両性・不定形性などのグラデーションがあります。

 

  • 女の(要素が多い)日、男(の要素が多い)日があるという人
  • 常に女性30%、男性70%の割合で男女が同居しているという人
  • 男も女も自分の中には存在していないんだという人

などなどバリエーションもさまざまで、

Xジェンダーとは何であるか、に対する明確な答えはありません。

 

Xジェンダーという言葉の中に自分の居場所を見つけたとしても、明確な言葉の枠組みとしての「自分は何者か」の答えを見つけられるわけではないのです。

 

だけど、「女性でいることが嫌」という性別に名前をつけることができるなら、僕もXジェンダーだと言ってもいいのかもしれない。

REIJI

女でいることは嫌だ。

でもその先で「何者になりたいのか?」の答えは別に無くても良いんだ。

新井祥さんの本は、そんな風に思わせてくれました。

 

男ってなんなのか、女ってなんなのか。

男であるって、女であるってどういうことなんだろう。

どうしてみんな、当たり前に自分の与えられた性別を受け入れられているんだろう。

どうして僕は、みんなと同じにできないんだろう。

 

みんなが男性か女性に所属している世界の中で、自分がその外に弾き出されてるような気持ちでした。

僕が求めていたのは、所属感だったんだと思います。

 

でも僕は僕であって、それ以上の何者にもなれない。

性別の枠組みが、僕という人間そのものを表すわけでは決してありません。

 

だから、今言えるのは、

僕は自分の中の女性性が嫌いなXジェンダーだということ。

女性性を拒むことが、僕のXとしてのアイデンティティだということ。

 

胸オペは、いつかするかもしれないし、しないかもしれない。

ホルモン治療は、多分しない。

内摘はしない。

そのどれもが、絶対に間違ってなんかいないと断言できます。

 

REIJI

僕は「女性の記号」が嫌いだ。

どこまで行ってもXであり、Xのままでいいんだ。

 

 

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