もう1秒たりとも他人に搾取されたくない僕は自分のためだけに生きることを決意した

   

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15時上がりのはずが3時間以上残業してきたFtXブロガーreijiです。

社畜!!

ことのあらましも含め怒りをぶちまけようと思います。

 

という訳で今日の記事は、

もう1秒たりとも他人に搾取されたくない僕が自分のためだけに生きていくことを決意した話。

好きなことで生きていく道を選ぼうとしている人の勇気になれば幸いです。

残業代も出ないの看護研究やれってさ!(白目)

うちの施設では毎年三年目の看護師が共同で看護研究を行います。

今年3年目の僕も研究をしなければならないのですが、とにもかくにも時間がない。

勤務時間内にはやる時間がないので、残業してったり休みの日にわざわざやんなきゃ間に合わないぐらい。

そんなもんマジくだらねー。

 

そこで、

研究のためのまとまった時間を勤務時間内につけてほしい

勤務時間外で研究論文を作成した時には残業代を出してほしい

という至極真っ当な要求をしたところ、看護師長の返答がこちら。

師長
残業代は出せない
REIJI
(はあ?)
師長
なんとか時間を作り出したり勤務終わりにやればなんとかならないか?
REIJI
(はああ?(苛)
師長
今まで研究をやってきた人たちも時間がない中そうやってやってきた。自分たちのときにも休みの日に集まったりしてやった。
REIJI
(はあ?なんの話してるんです?今までどうとか聞いてねえし今の僕たちの話ですよね?)
師長
負担ではあると思うけど勉強にもなるから頑張ってほしい。
REIJI
(SOはあ!?なんで金も出ないのに自分の大事な時間を空け渡さなきゃなんないんですか?

ボランティアかよバカなのしぬの?)

というわけで怒りを通り越して白目になったので、もうこんなとこは辞めてやるという決意を新たにした僕。

 

僕たちはもっと他人に搾取されることに危機感を持つべきです。

じゃないと、誰のためか分かんないような人生を生きさせられて、死ぬ時になってやっと後悔することになります。

医療業界はブラック企業過多。

勤務つけられないから勤務後か休みの日にやれ」ただし「残業代は出さない」。

実はこうした看護研究の在り方って、医療業界ではよくあることなんですよね。

公立じゃない医療施設では特に。

 

そして看護研究のことはおいといても、医療業界はブラック企業がとても多いです。

  • 基本夜勤月8回以上入らなきゃ正社員になれない。2交代の場合16時間連続勤務とかほんとクレイジー。
  • それなのに正社員になったところで夜勤のない会社や公務員と同じ程度の給料しかもらえない。
  • 人手不足で年休なんか取れるわけないし、使い切れない年休はただただお流れ
  • 人手不足でクソみたいなシフト組まれる。文句言えば師長にけちょんけちょんに言われるからみんな黙ってる。
  • 前残業も後残業もやんなきゃ仕事終わんないのに残業代なんか出ない
ここら辺の話はググれば腐るほど出てきます。

こんな仕事を続けられる人はよっぽどの自己犠牲精神を持ってるか、看護師以外の仕事をする気がないか。

どっちにしろまともな神経してて続けられる仕事ではないです。

 

現役看護師さんたちをディスってるんじゃなく現在の医療業界全体の現況として。

社畜でいるとは、他人に搾取されること

社畜として働き続けることには沢山の搾取があります。

まず、1週間のうち5日、40時間もの時間拘束され、大切な時間を他人に搾取される

その間にはクリエイティブなことは何もできません。

 

また職種にもよりますが、社畜でいると否応なく他人と付き合わなくてはなりません

僕みたいに、他人とのちょっとした会話の1個1個で、

「あーすれば良かった」「こーすれば良かった」の脳内大反省会を開催する人にとっては他人が周囲にいること自体がもう既に搾取。

付き合いの飲み会とかもう拷問でしかない。

 

だからこそ僕は一人ビジネスに憧れたし、

そうした他人の搾取に鈍感でいられる気持ちが全くもって分からない。

他人が周囲にいないときの僕の思考はもっと自由で、他人のことを気にしている無駄がないため迅速です。

 

でもって他人との付き合いの一切が悪いわけではなく、

自分をポジティブに変革してくれる人との接触は積極的に行い、そうでない社交辞令とか意味のない無駄な会話とかは一切合切省くべき。

自分にとって価値のない他人との時間とかほんと人生の浪費でしかないですからね。

他人のために生きることで壊れるもの、自分のために生きることで壊れるもの

他人のために生きようとすると、自分の心が壊れていきます。

対して自分のためだけに生きようとすると、他人の自分に対する期待、好意は壊れていきます。

 

ブロガーか、フリーランスか、今の仕事を辞めて自分のためだけに生きることを選ぶとき、

安定した職に就いて欲しいという親や家族の期待や、

自分を会社に縛り付けておこうとする上司の期待(希望)や会社における信用を踏みにじることになります。

ときには手ひどく嫌われてしまうこともあるかもしれません。

 

でも例えば自分の為だけに生きるリスクを取ってその先に破滅があったとして、僕はきっとそのことは受け入れられると思うんですよね。

だって「僕が僕である」ことのために戦った証拠だから。

そのためなら他人に嫌われることぐらいなんでもない。

 

逆に僕が絶対に許せないのは自己欺瞞。

つまり自分の気持ちを押し殺して、他人の期待に応え続けることです。

他人に搾取されながら生きる人からは腐乱臭がする。

親の言いなりの進路を選んだ人、

文句垂れながら社畜でいることを辞められない人。

納得していないのに他人に搾取されながら自分を殺して生きる人の体からは腐乱臭がします

 

一方自分のためだけに生きる人の体からは石鹸の香りとまではいかないかもしれませんが、少なくとも腐乱臭はしません。

その人生がどれほど多くの他人の期待や善意を踏みにじってきたのだとしても

 

僕の両親は教師をしているのですが、

毎日残業続きの不規則勤務でボロボロになっている僕の現状を知ってなお、

ブログで生きて行きたいということを口にすると、当然いい顔はしないし、「もっと社会で修行するべきだ」とか、「そんなことで食べていけるはずがない」とか平気で言います。

 

僕が選ぼうとしている道の先のリスクも考えての言葉だということはわかりますが、僕はそんな両親の言うことは毛頭聞く気はありません。

なぜなら社畜を続けることの先にあるリスクとは、狂ってしまうか、自分を殺してしまうことだから。

他人なんか切り捨てろ。自分自身を生かすために。

プロブロガーの八木さんもブログに書いてます。

参考記事:八木仁平オフィシャルブログ『他人の価値観奴隷、解放宣言』

 

  • 他人の期待に応え続けること
  • 自分の生き方を貫くこと

この二つは絶対に両立できない。

 

そしてそのどちらを選ぶべきなのかは、どうやって生きることが自分を生かすことになるのかを考えれば自明ですよね。

 

僕はもう1秒たりとも他人に搾取されたくない。

時間だろうとなんだろうと、自分の持ち物を一切他人に奪わせるわけにはいかない。

今回の一件を受けて決意を新たにした次第です。

 

来年の3月には絶対に辞めてやるぜ。

 

 

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