ボクイキのテーマ

不真面目な僕が生きることといつか死んでしまうことについて真面目に考えた話

これが「ボクイキ」を始めた当初のテーマです。

僕の履歴はプロフィールにあるとおりですが、まあ僕reijiという人間はとにかく生きるのが

でした。

 

コミュ障はもとより性別迷子になるわ、小中高大とびっくりするほど周りとなじめず働き始めてからも吐くほど仕事が嫌い。

それでも「死なない」という課題を自分に与えて、ただ死なないためだけに生きてきたこれまでの人生のなかで、通底する価値観はたった一つです。

 

それは、

「いつか死んでしまうのだから、たった一人のかけがえのない自分自身のためだけに生きよう」

ということ。

いつか死んでしまう人生をどう生きるか

僕たちが生きている世界というのは、いつか必ず消滅してしまうことが約束されている世界です。

いつか自分という人間が死ぬことで、「私」が知覚できる世界は消滅する。

自分が死んで何年後かには、「私」のことを憶えている人間は(よほどの有名人にならない限りは)世界中に一人もいなくなる。

というかこの地球や人類の歴史だって、太陽の寿命が来ればキレイさっぱり消滅する。

そういう何もかもが必ず無くなるという約束のなかで僕たちは生きていて、

そして自分以外の人間の心の中をうかがい知ることはできない以上、最優先に考えるべきはただひたすらに自分自身のことだと思ったのです。

 

他人なんかのためじゃない。

見えもしない未来のためなんかでもない。

たった今まさにここで息をしている自分自身のためだけにこそ僕は生きたい。

僕自身が最大限うれしい、楽しい、面白い、気持ちいいと思えるためだけに生きていきたい。

これが、死なずに生きていくために僕が導き出した人生哲学でした。

他人を排斥するということ

「他人の目を気にしない」というのは、最大で最強の武器です。

それは要するに「自分以外の何もかもはどうでもいい」というミもフタもない完全利己主義であり、自分自身の生きる道から「他人」という価値軸を徹底的に排除・排斥することです。

 

僕は他人のための我慢をやめ、他人の目に自分がどう映るかを気にすることをやめ、

映画でも旅行でも漫画で本でもCDでもしたい格好でも、お金の許す範囲でただ自分の心が欲しがるものを欲しい時に欲しいだけ手に入れるようにしていました。

 

それは「次のライブまでは生きよう」とか、

「あの新刊が出るまでは死ぬのを我慢しよう」とか、

たった今死んでしまわないための、目先にニンジンをぶら下げて次の一歩を踏み出すための苦し紛れの方策ではありましたが、しかしこれが思わぬベクトルで功を奏することになります。

 

もともとこの作戦は、

他人なんか存在していないのと同じだから自分のやりたいようにやる。

欲しい物は我慢しない。

というものでした。

 

でも欲しいものを取りに行くために必然的に外に出ることが必要だし人とのコミュニケーションが必要。

外出もコミュニケーションも一人行動のプランニングも、経験値を重ねるほど、まあ上手くはならなくても少なくとも恐怖とか苦手なことではなくなってくるんですね。

つまり他人はどうでもいいと思うことで価値軸が明確になり、一人で行動することの恐怖が一切なくなったのです。

 

生き延びることだけを最優先に考えていたころ、世界は出口のない真っ暗闇でした。

デフォルト苦しい毎日のなかで、目先にニンジンをおいてはやっとの一歩を進む。

それでもそれを愚直に積み重ねていった結果、いつのまにか僕は「生き延びる」ことを達成していたのです。

 

ピアスだらけになるっておまけはついたものの後悔はしてない。

「生き延びること」の先に見る景色

さて。

生き延びることのその先で僕が選ぶ次の進路は、「まともな人生の全放棄」です。

2018年3月、看護師として22歳から3年間働いてきた今の病院を辞めます。

 

その先はまあまあノープランで、とりあえず独力で自分の食いぶちくらいは稼げるようになるのが当面の目標です。

あとは仕事を辞めてできた時間で、胸オペもやってしまいたいですね。

なんとか20代のうちに、とは思っていて多分一番時間があるここがタイミングなのかなと。

 

オフロードを進む決断をして思うのは、人生設計なんて言ったってたかだか数十年のプランニングでしょ?

ってこと。

 

繰り返しになりますが、

僕もこの文章を読んでくれているあなたも、数十年のうちにはみんな死んでしまいます。

もしかしたら明日あたりに交通事故で死ぬかもしれないし、今健康でもいつか病気になって身体動かなくなるかもしれないし、視力も聴力も失われるかもしれない。

 

そのすべてが生きているすべての人に起こりうることで、僕たちの命はそれぐらい呆っ気なくて軽々しいものです。

そんなのが人生だとするならば、限りある時間や身体でもってわざわざ苦しいと思う道へ進むのはナンセンス

選択肢としてはまったくナシなわけです。

「自分自身だけ」から、「外側の世界」へ

で、不思議なことに

今までひったすら利己的に自分最優先で生きてきた僕ですが、「生き延びるのみ」という段階を過ぎたら、外側の世界に向かうことをやりたいと思えるようになったんですよね。

苦しい道を放棄して周りに目を向ける余裕ができたことが大きな要因だと分析しています。

 

方向性としてやりたいと思っているのは

  • セクシャルマイノリティの孤独を減らしたい
  • コミュニティづくりをしたい
  • 誰かの人生を変える側になりたい

このあたりで、これから具体化していくつもりです。

今苦しいあなたへ

今生きることが苦しい人に僕が伝えたいことは

  • 状況からはいくら逃げたって自分もお金も浪費したっていいから、とにかく生きて生き抜くことで見えるものがあること。
  • 生きているだけで物凄い偉業を成し遂げてるんだってことを自覚すること。
  • 今日も死なずに生きた自分をほめてあげること。

今はそれだけで十分です。

あ、暗いところから抜けたなって思う瞬間が来たら、自分ではっきりと分かります。

その瞬間が必ず来るとは僕には約束してあげられませんが、最終手段を選ぶのはやれるだけやってみたあとでも絶対に遅くはないはずです。

 

「ボクイキ」のチャレンジングは、

好きなように生きてやりたいようにやってどこまでいけるか?

その挑戦でもあります。

 

僕が先に実験しとくんで、失敗したら笑ってやったりもしながら、どうかあなたもあなたのやりたいことに向かってください。

それが見つかったら突き進んでください。

不真面目にちゃらけて時々派手に転んだりしながらも、かけがえのないボクがイキていくための道を探す。

「ボクイキ」はそんなコンテンツを提供していきます。