男女を超えたセクシャリティ あなたはあなたの性を生きていい

   
スポンサーリンク

バリバラのLGBT温泉旅会が面白かったです。

参考リンク:NHKバリバラ LGBT温泉旅

 

セクシャリティ・ジェンダーの問題を考えると、性別には男性と女性しかないっていうのはクエスチョンなんですけど、

確かに世の中のシステムとしての性別二元論は便利だし必要ではあるんですよね。

システムとしての性別二元論

性別二元論が必要になるのは、一番はトイレとか温泉の場面です。

どこのトイレも、公衆浴場も男性と女性に分かれています。(混浴って例外はありますが)

男女別にする理由として、防ぎたいのは性的対象の一致する両者が同時に同じ場所に存在するという事態。

 

まず不可抗力として、(生物学的な)男性の力に女性はかないません。

そして妊娠させられてしまうリスクがあるのは女性のほうです。

 

トイレや温泉は誰でも入れる公共施設でありながら閉鎖的な空間でもあるため、

極論ですが、性犯罪の加害者と被害者を生じさせないためのリスクヘッジのひとつとして、生物学的男女を閉鎖空間に同時に存在させない対策をとっているわけです。

不特定多数に性的な対象として見られるのは誰だって嫌だしね。

 

なのでシステムとしての性別二元論はあってもいいと思います。

ていうか必要です。

 

ですが、セクシャリティの問題を考えたときに、必ずしも男女で分けることが正しいとは限りません。

じゃあ、性別・セクシャリティって、そもそも何なのか。

セクシャリティってなんなのか

セクシャリテイは4つの要素で構成されると言われています。

  1. 生物学的性
  2. 性的指向
  3. 性自認
  4. 性表現

①生物学的性

身体の性別と言われるやつです。

しかしこれも単純に男性/女性には二分できません。

インターセクシュアルや、治療・手術を行っている場合、身体的に男女両方の特徴を持ち合わせていることがあります。

②性的指向

「どの性別の人を好きになるか」

性的指向には次のような分類があります。

ヘテロセクシャル:いわゆるノンケ、異性愛者。

ホモセクシャル:同性愛者。レズビアンやゲイ。

バイセクシャル:男性も女性も好きになる。

パンセクシャル:全性愛者。性別にかかわらず好きになる。

ノンセクシャル:恋愛感情はあるが性的欲求を持たない。

アセクシャル:恋愛感情も性的欲求も持たない。

③性自認

「自分の性別がなんであるか」についての自己認識。

シスジェンダー:身体の性別と性自認が一致している人。

トランスジェンダー:体の性別と性自認が異なる人。

④性表現

その人が表現する性別。

ある性別として表現するファッションや外見、言動など。

「性表現」という概念

セクシャリティを構成する要素の中でも最もややこしいのは、「性表現」という概念です。

 

世の中には、たくさん性別を表現するものがあります。

たとえば

  • 服装
  • 化粧
  • 髪型
  • 一人称

 

もっと率直なことを言えば

  • 胸オペ/豊胸手術
  • 生殖器の外観(陰茎/膣)
  • 生殖機能(生理/射精)

など。

 

ここに性別二元論を持ち込もうとするとおかしなことになります。

「男性はこうでなければいけない」

「女性ってこういうもの」

それを始めた途端に起こるのは強制であり、暴力です。

 

身体の性別と性自認が異なっていたとしても、

治療をするのか

するのであれば、体のどの部分をどこまで治療するのか

それを決めるのは本人以外であってはならない。と僕は思います。

[GID] 性別は変えられる! だけど・・・ここが変だよ⁉ 性同一性障害特例法

2017.05.11

 

バリバラにも未治療FtMの万次郎さんが出演されていましたが、性同一性障害だからといって必ずしも手術を望むわけではなく、治療を一切しないFtM、MtFの方もいますし、

Xジェンダーなんてそれこそ幅広くて、本人が言わなければXだとはわからない外見の方も、逆にホルモン治療・胸オペまで済ませていてもFtMではなくX自認という方もいます。

 

その全部が他人にとやかく言われるこっちゃないんですよ。

僕は僕で僕として生きてんだから放っとけと。

「あなたはあなたの性別を生きていい」

セクシャリティ?

に対する回答は、「私はこういう私です」

というそれだけ。

 

例えばreijiなら、

REIJI

生まれた時の性別は女でした。

だけど女性じゃない。

 

短い髪とメンズ服が好きです。

だからそれが似合うように胸オペをしたいと思っています。

化粧をすることもありますが、チークやリップやアイシャドウはしません。

 

「僕」と言いたいです。

好きになるのは女性です。

 

男性と女性以外の性別は、別に中途半端でも成りそこなったわけでもありません。

男性と女性はプラスとマイナスみたいに相対するものじゃない。

 

でもそれを世の中の当たり前にしていくためには、僕みたいな存在が嫌でも目に入るように当たり前に生活していって、そのなかでセクシャリティ=自分らしい生き方や性表現を表明していくことが絶対的に必要です。

矢面に立てとか、LGBTの権利主張の活動をしろってことじゃなくて、生きやすい自分でそのまま生きること。

 

外見女性が「僕」って言ってもいいし、

シスジェンダー男性が、好きだしかわいいって理由だけでスカート着たっていい。

FtMだってMtFだって治療なんかしなくたっていい。

 

そのままで生きることがそのまま表明になります。

そういう人たちが当たり前に目に入ることで、はじめは異常でもそのうちいちいち構っていられなくなります。

つまり通常に変わっていくのです。

「男がそんな格好するなんて」「女のくせに」とか言っちゃう時代錯誤ピープルに向かって

REIJI
おっさんまだそんなこと言ってんの?w

ってみんなで言える世の中を早く作りたい。

<この記事をSNSでみんなとシェアする!!>
B!

reiji(れいじ)

長野県に住む24歳FtXブロガー。
生きづらい日々を生きやすく、つまらない人生を楽しくするためのノウハウを展開中。
映画、漫画、SF小説が大好き。

コメントを残す