絵本(風)になった! 診断のないFtXの性別違和

   
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下の画像はスライドできます。

 

 

どこにもない性別を生きる

スライダーで作った絵本、いかがでしたでしょうか。

 

僕がこれから生きようとしているのは、

どこにもない性別の概念

なのかもしれないと思うことがあります。

 

現代の日本の社会というのは、基本的にシスジェンダーとしての男性・女性を想定しています。

そんな中でレズビアン・ゲイ・性同一性障害が認識され始めたのがごく最近のこと。

認識され始めたこの3つのセクシャリティについても、まだまだ社会的な仕組みが整っているとはいえません。

 

そして更にその先にいるのが、Xジェンダーや、FtMゲイ、MtFレズビアン、アセクシャル、ポリアモリーなどなど、

「LGBT」の言葉の中に必ずしも該当しないジェンダーの所有者たちです。

 

だからその当事者たちにとっては、誰もが先例のない生き方を自分で開拓しなければならない、ということでもあります。

 

僕はXジェンダーですが、「女じゃない」ことを第三者に肯定してもらうためには、

「Xジェンダーらしさ」とでも呼ぶべきジェンダー像を演じなければいけないような気になることがあります。

その一部が髪型であり、ファッションであり、最終的にはホルモン治療や胸オペなどの性別適合治療になるわけです。

 

ただ何のために外見を変えていくかというと、決して他人に認めてもらうためじゃない。

そうであってはいけないと思います。

だれかを愛せるのは自己肯定できる人

ただ。

外見や性別で恋愛するわけじゃないとか、その人の内面が大事だとか、

口ではいくらでも綺麗事は言えますけど、

女性愛者だからといって、FtXである僕がレズビアンコミュニティに問題なく溶け込めるかどうかというと、難しい面があるのも感じています。

 

レズビアンの人は女性が好きな女性だから、その対象としては僕みたいな存在は少しずれるのかなと。

 

もしかしたら自分が生きやすい身体になることを選んだ時に、好きな人と付き合うみたいなことは諦めなきゃいけないことなのかもしれません。

Xジェンダーであることの所属感のなさは僕が一方的に感じていることなので、セクシャリティに甘んじて好きな人と好き合える努力を放棄したりはしませんが、

たとえそれが叶わなくても、「身体を変える」という選択をする以上は、「しょうがない」という達観を持つ必要性は感じています。(諦めではなく達観です)

 

なんで胸オペかメンズファッションか「僕」って一人称かって、

その方が楽で生きやすいと思ったから。

とても女ではいられなかったから。

 

その気持ちを肯定してくれるのは、他人じゃなく社会じゃなく、あくまで自分自身 です。

なので、Xジェンダーらしくあるためじゃなく、誰かのためじゃなく、

あくまで自分の生きやすさのためにXジェンダーとしてのこれからの選択をしていくつもりです。

 

自分が愛せる自分でいることが、セクシャリティを生きる上での最優先事項で、愛することはその先にしかありません。

男の振りじゃなく誰かのためじゃなく、自分が自分になること

 

人間だから迷う。

Xジェンダーだって思ったって、確信なんかなくて戻れない治療ならやっぱり怖い。

それでも他人のためじゃなくて「自分が自分になること」を目的にする選択なら、きっと間違ってないと信じたいです。

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reiji(れいじ)

長野県に住む24歳FtXブロガー。
生きづらい日々を生きやすく、つまらない人生を楽しくするためのノウハウを展開中。
映画、漫画、SF小説が大好き。

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