カテゴライズされるLGBT 男らしさ、女らしさよりも自分らしい自分になりたい

   
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こんにちは!FtXブロガーのreiji(れいじ)です!

 

みなさんは、男らしさ、女らしさというものについて考えたことがありますか?

 

多くの人は与えられた性別の役割を、なんとなくそれらしく振る舞っています。

たとえば、男の子は車や戦隊ものが好きで、女の子はぬいぐるみやお姫様が好き。

 

大人になると、男性は女性を守るものだとか、力仕事は男がやるとか、

女性は甘いものが好きで、愛されワンピにモテメイク必須だとか。

 

性別によって与えられるおもちゃも教えられる言葉遣いも振る舞い方も服装も違います。

REIJI
男らしさ、女らしさって一体何なんでしょうか?

らしく振る舞おうとすること

与えられて何となくそれらしく振る舞うべき性役割というものを、大多数の人たちは別段大きな問題もなく受け入れることができます。

 

でもその一方で、

セクシャルマイノリテとかLGBTと呼ばれたり、クィアXジェンダーなんて名乗ったりしている人たちがいます。

僕reijiもその一人です。

 

僕たちは、典型としての女性らしさ、男性らしさには馴染むことができませんでした。

だから余計に、テンプレートとしての性別の在り方(セクシャリティ)、輪郭のはっきりした「らしさ」を求めてしまいます。

  • 女性らしい女性の在り方
  • 男性らしい男性の在り方

 

もしくは、

  • レズビアンらしいレズビアンの在り方
  • ゲイらしいゲイの在り方
  • トランスジェンダーらしい在り方
  • Xジェンダーらしい在り方

 

セクシャルマイノリティである故に求めてしまうのは「所属」あるいは「帰属」の感覚です。

なんらかの符号やわかりやすいランドマークを装備することで、

私のセクシャリティはこれです。

だからそのコミュティにいさせてください。

ということを表明するのです。

 

男装・女装や、「僕」「あたし」といった性別による一人称なんかがそう。

男装・女装という武器 男になりたい女の男装はボーイッシュを越えられないのか 

2017.09.19

世間が要求する、括弧つきセクシャルマイノリティとしての姿

自分でそのセクシャリティらしさを演じてしまうことに加え、

社会もまたセクシャルマイノリティらしさを要求してきます。

 

セクシャルマイノリティとして、同性愛者として、性同一性障害としての葛藤や、

差別やいじめに苦しんだ過去とか、

周りの反対を押し切って愛を貫いた感動ストーリーとか、

LGBT当事者の権利を訴えるデモ活動とか、

 

いやそんなThis is レズビアン、This is トランスジェンダーみたいな人って多分探してもそんなにいないですよ?

良くも悪くもみんな普通です。

 

下らないバラエティ見て笑ったり友達とランチしたり仕事の愚痴だべって彼氏・彼女欲し―みたいな。

みんな当たり前に生きてる普通の人間だってこと。

REIJI

レズビアンらしいレズビアンってなんだよ!

ゲイらしいゲイってなんだよ!

お前が決めんな。

 

大阪生まれの人に対してあんまり面白くないね、と言うように。

病気や障害を抱えた人たちに、苦しさを乗り越えた経験を持ついわゆる「障害者像」や、感涙のテンプレートを要求するように、

 

悪意にしろ善意にしろ、意図的な型に当てはめようとする行為が、LGBT、セクシャルマイノリティに対しても行われています。

そしてそういうストーリー性は、確かに輪郭がはっきりしていて理解しやすいのでしょう。

 

しかし、

REIJI
迷子!

自分でセクシャリティの枠組みを決めて、それに当てはまろうとして、自分らしくではなくセクシャリティらしく振る舞う。

世間は世間で好き勝手にこう在るべきLGBT像、セクシャルマイノリティ像を作り上げる。

 

その混乱の渦のど真ん中にいる僕たち当事者自身は、どうしようもなく迷子です。

結局性別ってなんなのか。

セクシャリティってなんなのか。

 

僕たちは自分のセクシャリティをどんな言葉で表し、どこに所属していけばいいのか。

そもそも、いったい何のために自分のセクシャリティを定義するのか。

どこまで行こうと、僕は「女」から逸脱できない。

僕は身体的には女性ですが、Xジェンダーを自認しています。

女ではいられなくて、かといってFtMにもなれませんでした。

男でも女でもない性別 Xジェンダーとは? 当事者による詳細解説

2017.07.19

 

「僕」という一人称を使い、髪も短くし、メンズ~中性的な服を着ている。

ボディピアスで自分というものを表明しなければ上手く立てなかったし、

金銭的な余裕ができたら、いつか胸オペをしたいと思っている。

 

これらのことは、自分の身体から「女性性」を追い出すためにやってきたことなのだけれど、

頭の隅では、自分が生きている限り永遠に女性であることから逃れられないのを分かっています。

どこまで行こうと、自分が「女」であることからは逸脱できないのです。

 

ホルモン治療はする気が無いので、

僕の内部は、僕の意思に関わらず子供を産み育てる準備を続ける。

毎月血を流す。

ぜんぜん骨ばってない丸みのある身体が変化することもありません。

それでも理想の「自分」になろうとすること。

それでも、自分が今までしてきた、あるいはこれからやる女性性を排斥するための行為に僕は信念を持っていて、正しいと信じています。

その先に望む身体があると思っています。

 

なぜなら、髪形や服装に始まってピアスや手術に至るまで、そのすべては、

Xジェンダーになるため

ではなく、

僕が僕になるため、僕がreijiになるため

にやっていることだから。

 

性別というものに顔があって手足があって心があるわけではありません。

あくまで生きていくのは「僕」であって、「セクシャリティ」ではない。

 

だから、セクシャリティになろうとすると上手くいかないのです。

それは実体も感情もないテンプレートになろうとするようなもの。

でも僕たちは、常に変わり得る柔らかい心を持った人間です。

 

だから自分が愛せる自分になろうと絶えず努力をすることが、一番正しくて自然

それが性別適合手術であっても、男装・女装であっても、あるいは僕のようなピアスや、それともタトゥーであっても。

 

身体的に侵襲のあることであれば責任は自分で取んなきゃいけないですけど、

たとえ社会的に見て正しくなくても、

たとえ親だから・家族だから・大事な人だからという理由で他人が自分勝手に傷ついても、

自分らしさを求める人たちの行為を外野が否定することはできません。

否定するべきではありません。

 

REIJI

自分になろうとするとき、そのすべては正しいのだと思います。

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reiji(れいじ)

長野県に住む24歳FtXブロガー。
生きづらい日々を生きやすく、つまらない人生を楽しくするためのノウハウを展開中。
映画、漫画、SF小説が大好き。

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