ミニマリストは物だけじゃない! 時間と金の低コスト化を推奨する。

   

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こんにちは!FtXブロガーのreiji(れいじ)です。

さて、ミニマリズムが叫ばれて久しい昨今、みんなミニマリズムミニマリズム言い過ぎです。

 

僕はアナログ信奉者ですが、僕の家にはこんな感じの空間

×3 くらいの量の物(主に書籍とCD)が溢れ返っています。

なので物的にミニマリストになるのは僕は無理です。

 

大体にしてミニマリズムには、物を減らすこと自体に固執して、そこにイズムが感じられない場合が多くあります。

そういうイズム(思想)のないミニマリズムは僕は好きではありません。

ミニマリストにとって重要なのは、なぜ減らすのかなぜ最小限化するのか、というイズムの部分です。

 

ミニマリズム理論編:人生における3つの価値

人生には3つの価値があります。

 

  1. 積み上げる価値」・・・知識や、思い出や記憶や技術
  2. 自ら生み出せる価値」・・・資産や労働対価としての金銭
  3. 限られた価値」・・・時間、キャパシティ、一人が他者に向けることの出来る関心の量

 

積み上げる価値」を増やしていく程、

つまり知らない本を読み、知らない音楽を聴き、知らない場所に出かけ、それに心が感化され思い出が増えていく程、

あるいは物を作る、言葉を書くといった技術を洗練させていく程、人生は豊かになっていきます。

 

さらに「限られた価値」や「自ら生み出せる価値」を消費することで、対価としての「積み上げる価値」を生み出すことができます。

具体的には、本を読んだり音楽を聞いたりといった「積み上げる価値」を得るためには、労働によって得た「自ら生み出せる価値」としての金銭と、「限られた価値」である時間とキャパシティとを消費する必要があります。

 

また、知識や技術などの「積み上げる価値」を用いることによって、新たに金銭などの「自ら生み出す価値」を生成できることもあります。

 

これら3つの価値の相関によって、より豊かな人生は成り立っていくのですが、reiji的ミニマリズムが重視するのは、この3つの価値のうちの「限られた価値」です。

 

ミニマリズム実践編:「人・時間」の低コスト化

ここまでイズムを持ったミニマリストになるために、大切にしなくてはならない3つの価値について話をしてきました。

続いては実践編です。

 

限られた価値。

つまり時間や、心の余裕や、一人が他者に向けることの出来る関心の量は有限です。

そして有限であるからこそ最も貴重です。

よくその采配を考えて、適切なところへ割り当てなくてはいけません。

 

人生は短い。時間は限られている。

キャパシティも限られている。

だとするならば、嫌々こなす仕事に費やす時間も、苦手な人間に付き合う暇も労力も、無駄に浪費していい筈がありません。

人の低コスト化

付き合う人間は選びましょう。

自分に迷惑をかける人間はもちろん、意味のない会話をしたがる人間、価値観の合わない人間は切り捨ててOK。

無意味な社交辞令もメールも電話も気のつかい合いも一切必要なし。

 

会いたい人、付き合いたい人とだけ付き合うことで、人間関係はずっとシンプルになります。

時間の低コスト化

無駄な時間を極力減らしましょう。

無駄な時間か、生産的な時間かを見極めるにはこちらの記事を参考にしてください。

また食事、服選びといった生きていく上で必須な時間においても、できる限りの低コスト化を実践するべきです。

食事を1日2食にするとか、数着の良質な服だけを持つとか、

既存の価値観にとらわれず、できる限りの時間を生み出すための努力をすることが大切です。

 

まとめ

僕たちに与えられた時間は有限です。

失われた時間は絶対に戻っては来ません。他人に与えることの出来るキャパシティも同じです。

限られた資材、資源だからこそ、そのもっとも有益なことのために最大限有効的に活用しなくてはいけないのです。

 

こうしたミニマリズムの目的は、人生そのものの目的と合致します。

それは、「より豊かな人生を生きる」ということです。

 

僕たちは、もっと沢山の本を読むべきだし、もっと沢山の音楽を聴くべきだし、もっともっと沢山の知らない場所へ旅をすべきです。

そのために無駄にして良いものなど一つもありません。

 

不要なコストの最小限化は、ひいては人生の最適化へとつながっているのです。

 

 

 

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